レジェンド過ぎて歴史上の人物みたいな印象でしたけど、まだ65歳だったんですね。同世代だった安打製造機トニー・グウィンの逝去は54歳と、もっと早かったですが。
レジー・ジャクソンと並びアスレチックスの永久欠番、リッキー・ヘンダーソンが65歳で肺炎のため亡くなりました。彼はメジャーリーグ史上最多の盗塁記録を持つ選手であり「史上最高のリードオフマン」として知られています。リードオフマンってのは1番バッターのことです。
キャリアを通して数々の記録を打ち立てましたが、彼の人生にはもう一つの特別なストーリーがあります。それは、彼の一番のファンである少女、エリン・ステーツとの心温まるエピソード。
この記事では、リッキー・ヘンダーソンの功績と、エリンとの友情について紹介します。
★ もくじ
リッキー・ヘンダーソンのプロフィール
リッキー・ヘンダーソンは、1958年12月25日シカゴの生まれ。別の言い方をするとクリスマス生まれであり、あと数日で66回目の生誕祭だったのに、無念です。
彼は1979年にカブスでもホワイトソックスでもなく、オークランド・アスレチックスでメジャーデビュー。以降24年間にわたってアスレチックスをはじめとする9つのチームでプレーしました。後追い世代としては緑と黄色のイメージが強すぎですが。
で、通算記録は3055安打、297本塁打、2295得点、そして1406盗塁。特に1982年にはシーズン130盗塁を達成し、これは今でも破られていない大記録です。近年では '23にアクーニャJr. が40-70を達成し称賛されましたが、130盗塁て。
その独特なスタイルとカリスマ性で人気も高く、オールスターゲーム選出は10回。1990年にはアメリカンリーグのMVPにも輝き、2009年には野球殿堂入りを果たしました。
彼の背番号「24」はアスレチックスの永久欠番となり、オークランド・コロシアムは「リッキー・ヘンダーソン・フィールド」として知られています。
エリン・ステーツとの出会い
リッキー・ヘンダーソンとエリン・ステーツ(Erin States)の物語は、1989年に始まります。当時5歳のエリンは、アスレチックスの試合を観戦するために両親と球場に訪れました。そこから彼女はリッキーの一番のファンとなり、頻繁に球場に通うようになりました。
エリンはリッキーのプレーを見ながら「ナイス・プレー」「グレート・ホームラン」といったメッセージを掲げ、彼に声援を送り続けます。リッキーも彼女の存在に気づき、外野の守備につくたびに手を振るなど、彼女との交流を楽しんでいました。アイドル用語で言う「認知」ですね。
試合後、リッキーはエリンにボールをプレゼントするなど、2人の間には特別な絆が生まれていきました。プロスポーツ選手になったことがないのであくまで想像ですけど、子どものファンってなんか嬉しいですよね、昔の自分を見ているようで。
リッキーとエリンの別れと再会
しかし1993年にリッキーがトロント・ブルージェイズにトレードされることが決まると、エリンはメンブレ状態に。彼女は「リッキーにお別れを言うチャンスさえなかった」と泣きながらクレームを入れ、このエピソードで全米が泣きました。
その後、リッキーがオークランドに遠征した際、エリンは再び彼に会うことができました。久しぶりの再会に、エリンは感激のあまり涙を流し、リッキーも彼女を抱きしめました。ビューティフルな瞬間です。
リッキー・ヘンダーソンの引退後
リッキーは2003年に現役を引退しましたが、その後も野球界に関わり続けました。メッツの一塁コーチを務めたり、独立リーグでプレーしたり。また、彼の自伝にはエリンとのエピソードが取り上げられ、彼女との絆がどれほど大切だったかを語っています。
引退後もリッキーは多くのイベントに参加し、ファンとの交流を大切にしていました。そして自身の記録や功績について自慢するだけでなく、若い選手たちにアドバイスを送ることにも注力。その影響力は、プレーだけでなく彼の人柄にも表れていましたね。
リッキー・ヘンダーソンの遺産
遺産つっても、お金じゃないですよ。野球界に残した功績です。
背番号「24」はアスレチックスの永久欠番となっており、彼の名前はオークランド・コロシアムに刻まれています。リッキー・ヘンダーソンの存在は、野球の歴史において特別な位置を占めており、彼の影響は今後も続いていくことでしょう。
ただし、2024年のシーズンでアスレチックスの本拠地だったオークランド・コロシアムは閉場。チームは来季から3年だけサクラメントでプレーし、28年以降はラスベガスに移転します。てことは名前も「ラスベガス・アスレチックス」か。
そういえばNFLのラスベガス・ベイダーズも、以前の本拠地はオークランドでしたね。
エンディング
リッキー・ヘンダーソンとエリン・ステーツの物語は、スポーツの持つ力の象徴。彼らの友情は、単なるファンと選手の関係を超え心温まるエピソードとして語り継がれています。彼の記録やエリンとの思い出は、永遠に私たちの心に残ることでしょう。
リッキー・ヘンダーソンは単なる野球選手ではなく、私たちに感動を与えた偉大な存在でした。合掌。