
ビジネスにおけるイノベーションはSFの影響が大きいと聞いて、ファンタジーやホラーやSFを嘘くさいからと避けてきた昔の自分をひっぱたきたいと思いました。
前者2つはともかく、空飛ぶクルマやどこでもドアのようにSFは技術さえ追いつけば実現可能な世界です。web3がなかなか大衆に広まらないのも、SF作品に登場させにくいからじゃないかとも言われています。
で。SFの鬼才として知られる小川哲氏ですが、彼の作品はジャンルの垣根を飛び越えて読者の想像力を刺激してきます。直木賞受賞作『地図と拳』をはじめ、彼の小説を知れば現代文学の新たな可能性が見えてくるかもしれません。大げさでしょうか。
小川氏の世界と、その背景にある興味深いプロフィールを調べてみました。テツじゃないですサトシです。
★ もくじ
小川哲氏の代表作5選:SF界の新星が放つ傑作群
1. 『ユートロニカのこちら側』:デビュー作にして衝撃の問題作
デビュー作である『ユートロニカのこちら側』は2015年に刊行された長編小説で、第3回ハヤカワSFコンテスト大賞を受賞した作品。高度情報管理社会を舞台に、6つの物語を通して「アガスティアリゾート」という実験都市の姿を描き出しています。
アガスティアリゾートは、個人情報を提供する代わりに生活上の便益と安心が保証される場所。この設定は現代の監視社会の半歩先を行く未来であり、特に中国などで進行している社会管理システムとの類似性が指摘されています。トヨタのウーブン・シティも?
作品のタイトルにもなっている「ユートロニカ」という言葉。これは、作中で「永遠の静寂」と表現されています。この言葉は必ずしも否定的な意味ではなく、人間社会の騒々しさや不安定さから解放された、平穏な世界への憧れを示していると言えましょう。
そしてアガスティアリゾートに適応しようとしない人物たちも登場します。例えば、リゾート内で幻覚に悩む若い夫婦や、潜在的犯罪性向により強制退去させられる男、都市へのテロを試みる日本人留学生などなど。高度な管理社会への葛藤や抵抗ですね。
彼の作品には、SF作家としての新しい視点と、人間社会への冷めた観念みたいなもんが共存していると言います。この背景には自身の経験、特に両親が共産党員であったことの影響が可能性として指摘されているみたい。
2. 『ゲームの王国』:日本SF大賞に輝いた超大作
2017年に刊行されたこの小説は、あの悪名高きクメール・ルージュ時代のカンボジアを舞台に、1000ページを超える大作として登場。物語は、天才少年ムイタックと、嘘を見抜く能力を持つポル・ポトの隠し子ソリヤという二人の主人公を中心に展開します。
上巻では1950年代半ばから始まり、ポル・ポトが政権を支配するまでのカンボジアの歴史と、その後の恐怖政治。下巻は2023年、カンボジアを理想の国家「ゲームの王国」にしようとするソリヤと、脳波を使ったゲームで対抗しようとするムイタックの戦い。
この作品はカンボジアの強烈な近代史を背景に、愛、友情、信頼、争い、裏切り、疑念、妥協が交錯する物語で、SFファンだけでなく広く小説界から高い評価を受け、第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞をダブル受賞しました。
まったくの余談ですがカンボジア絡みで、アンジェリーナ・ジョリーが監督した映画『First They Killed My Father』も観るべし。
3. 『嘘と正典』:短編集で魅せる多彩な才能
『嘘と正典』は、2024年8月1日に早川書房から出版された短篇集。全6編の短篇で構成されており、4編はSFマガジンに初出したものですが、必ずしもすべての作品がSFなわけではなく、むしろSF以外の作品の方が際立って見えるという。
「魔術師」は、クリストファー・プリーストの『奇術師』へのオマージュとも解釈できる物語で、有名マジシャン・竹村理道が演じた"タイムトラベル"マジックの謎を中心に展開します。
「ひとすじの光」は、実在の競走馬スペシャルウィークの血統を題材にした競馬小説。「ムジカ・ムンダーナ」は音楽をテーマに、有名な作曲家だった父親との複雑な関係を持つ主人公が、父の遺したカセットテープに収録された未知のオーケストラ曲の謎を追う話。
表題作の「嘘と正典」は本格SF作品で、共産主義の誕生をめぐる歴史改変を扱っています。マルクスとエンゲルスの出会いを阻止することで共産主義の消滅を企むCIAの活動を描いた歴史改変SFです。
4. 『地図と拳』:直木賞受賞の歴史小説
『地図と拳』は満洲を舞台にした歴史小説で、1899年から1955年までの半世紀を描いた作品。架空の都市「李家鎮」の誕生と消滅を中心に展開され、歴史的事件や社会的変化を背景に、多様な登場人物の視点を通じて語られます。
日露戦争前夜から満洲国の消滅、日本の敗戦後までの史実を背景に、架空の町「李家鎮」が誕生し、発展し、そして消滅するまでの過程が描かれました。
小川氏は、本作を書く際に都市や建築について考えることから始めたそうです。満洲で実際に立案された「大同都邑計画」を参考にしながら、架空の都市「李家鎮」を創造しました。
この都市計画は、20世紀初頭から第二次世界大戦まで急速に発展した満洲の町々を象徴するものとして機能。各章には西暦と季節が記され、時間軸が明確に示されています。この構造によって、読者は歴史的な流れや変化をリアルタイムで追体験できます。
『地図と拳』は単なる歴史小説ではなく、人間社会や戦争、暴力について深く考察する作品となっています。
5. 『君のクイズ』:ミステリーファンも唸らせた傑作
2022年に発表された『君のクイズ』は、彼の新境地ともいえる作品。クイズ番組を舞台にミステリー要素もありつつ、人間の記憶や認識の不確かさを描き出しています。
物語の中心は、生放送のTV番組『Q-1グランプリ』の決勝戦に出場したクイズプレーヤー、三島玲央。
三島は、対戦相手の本庄絆が問題が読まれる前に回答し正解するという不可解な事態に直面。この謎を解明しようと、三島は決勝戦の各問題を振り返りながら、本庄について調査を進めていきます。
小川氏は実際のクイズプレイヤーである田村正資さんと徳久倫康さんからアドバイスを得て本作を執筆しており、クイズ界をリアルに描き出すことに成功しました。約200ページの中編小説で、彼の作品に初めて触れる読者にも適した一冊とされています。
小川哲氏のプロフィール:東大から売れっ子作家へ
生い立ち
1986年12月25日に千葉県千葉市で誕生し、現在は東京都在住。東京大学教養学部卒業後に東京大学大学院総合文化研究科博士課程に在籍していましたが、こちらは途中退学、略して中退しています。2023年、漫画家の山本さほさんと結婚されました。
作家として
2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞し、デビューしました。2025年の最新作は『君が手にするはずだった黄金について』。また、数々の文学賞も受賞しています。
受賞歴
- 2015年:第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉
- 2017年:第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞(『ゲームの王国』)
- 2022年:第13回山田風太郎賞、第168回直木賞(『地図と拳』)
- 2023年:第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉(『君のクイズ』)
メディア活動
小川氏は、TOKYO FMで『Street Fiction by SATOSHI OGAWA』というラジオ番組のパーソナリティを務めています。毎週日曜日の朝5:30から5:55に放送中。
文学スタイル
SF小説が中心ではありますが、その作品たちは単なるジャンル小説の枠を超え、現代社会の問題や人間の心理を深く掘り下げています。深いです。
小川哲氏の作品の魅力:ジャンルを超えた新しい文学
小川氏の作品は、SF要素を巧みに織り交ぜながら歴史、ミステリー、エンターテインメントなど多くのジャンルを融合させた独特の世界観があります。
デビュー作『ユートロニカのこちら側』では、個人情報と引き換えに理想的な生活を手に入れる近未来社会を描いて現代社会の問題を鋭く問いかける。『地図と拳』では日清戦争後の満州を舞台に、歴史小説でありながらSF要素を取り入れ、『嘘と正典』はSF、ミステリー、サスペンス、ヒューマンドラマなど多彩な要素を含む短編集。『ゲームの王国』は、カンボジアの現代史とファンタジーを見事に融合させた作品。
総合的には、人間の心理や社会問題を深く掘り下げる洞察力と、読者を引き込む巧みな物語構成力が大きな魅力だと思います。