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ジョージア国境の村で何が起きている?──ジョージアとロシアの不穏な関係

ジョージア国境の村で何が起きている?──ジョージアとロシアの不穏な関係

缶コーヒー「ジョージア」の名称は、ザ コカ・コーラ カンパニーの本社所在地であるアメリカのジョージア州アトランタに由来しています。ただし、このブランドは日本市場向けに開発されたものでアメリカでは販売されていません。

そして世界にはもうひとつ有名なジョージアがあります。コーカサス地方に位置する小さな国の名前です。西は黒海、北はロシア、西南にトルコと隣接しています。

この国、むかし日本では「グルジア」と表記されていましたが、2015年4月22日に施行された改正大使館設置法によって正式に「ジョージア」に変更されました。それ以上に、この国は複雑な歴史と紛争が絡み合った切ない国なんです。

自分の畑に行くことができないとか、愛する人に会えないとか、そんな理不尽がありますか。

ジョージアってどこにあるの?

ジョージアの地理的位置と文化的背景

ジョージアはユーラシア大陸のヨーロッパとアジアの境目的な感じのとこ(コーカサス地域)にあり、西側が黒海、北をロシア、南をトルコとアルメニア、東をアゼルバイジャンと国境を接する国。

歴史的にはシルクロードの要衝(ようしょう)として、いろんなとこの文明の影響を受けつつ独自の文化を育ててきました。

社会構造と伝統的慣習

ジョージア社会には「ゲストは神からの贈り物」という伝統的な価値観があって、スプラという宴会文化があるんだそうです。

宴会と言ったら、日本人な我々なら頭にネクタイを巻いて「俺の酒が飲めねえのか」というアルハラ三昧が行われる場というイメージですが、ジョージアのスプラはユネスコ無形文化遺産に登録されているほど、ただの食事会を超越した集まりなのです。

基本情報

面積は、日本の約5分の1くらい。2025年時点の人口は374万人ほどで、86.8%のジョージア系を主体とした多民族国家が形成されています。

気候は地域によって全然違い、黒海の方の西では亜熱帯性の温暖湿潤気候で夏の平均気温は22~24℃、冬も4~7℃と穏やか。一方、東部では乾燥していて山岳地帯では冬に-16℃まで冷え込むこともあります。

そのため年間を通じてマリンスポーツからウィンタースポーツまで楽しむことができ、ロシアをメインにトルコやインド、中東諸国からも観光客が多く訪れています。日本からはちょっと遠いので、気合い入れないと行きにくいですかね。

ジョージアとロシアの関係とは?

歴史的・政治的関係の変遷

我が国を引き合いにするまでもなく、世界のどこを見ても、とかく隣の国同士は仲が悪いもの。両国の関係はソ連時代の遺産と地政学的な駆け引きが複雑にからまっています。

1991年にソ連が崩壊して、それまでグルジア・ソビエト社会主義共和国だったジョージアはロシア主導の独立国家共同体(CIS)への不参加を表明、独立主権国家となりました。これが後の対立の伏線となります。

2000年代に入ってさらに緊張感が増す中、2006年ジョージア政府がロシア軍将校をスパイ容疑で逮捕。この事件を機にロシアは経済制裁を発動、ワインとミネラルウォーターの輸入禁止措置を実施してジョージア経済に深刻な打撃を与えました。

当時、ロシアはジョージア産ワインの主要輸出先(全輸出量の70%)だったんですよ。ロシアは、さらに郵便、輸送、航空便の全面停止、在ジョージア大使館を閉鎖するなど徹底的に嫌がらせをし、関係は決定的に悪くなります。

軍事衝突とその後の断交状態

2008年8月、南オセチア自治州をめぐる紛争が軍事衝突へと発展。ロシアは分離主義勢力を支援してジョージア領内に軍事介入し、5日間の戦闘の末にジョージア軍を蹴散らしました。

この戦争を機に両国は国交を断絶、現在に至るまで公式な外交関係が回復していません。ロシアはアブハジアと南オセチアの独立を承認し、軍事基地を設置するなど実効支配を継続していて、ジョージアの領土問題は未解決のままという。

経済的相互依存と近年の動向

2022年に起きたロシアのウクライナ侵攻後、部分動員令から逃げてきたロシア人技術者が大量流入。意外なとこからジョージア経済に好影響をもたらしました。

その年の経済成長率は10%に達し、ロシアからの資金流入は10億ドルを突破。特にIT分野で人材が流入し、ジョージア企業の技術力向上に影響していると言われます。ただ、この急激な人口流入で首都トビリシの家賃が75%上昇するなどの問題も引き起こされました。

国際機関は、この好景気が一時的なものと警告しつつも、ジョージア政府と欧米との関係強化を進める地政学的バランスを模索しています。ロシアはそっちから見ると嫌われてますからね。

国境付近で何が起きた?

アイブガ村をめぐる対立の経緯

2011年、ロシアとアブハジア自治共和国(ジョージアの中にあるけど事実上独立状態)の国境を画定しているとき、国境にあるアイブガ村の取り合いで深刻な対立が発生。2008年のロシア・ジョージア戦争後に起きた領土問題で、当時ロシアはアイブガ村を自国領に編入する方針を示しました。

それに対しアブハジア側は「歴史的にアブハジアの一部だっての」としてロシアに反発。さらにジョージア政府は、アブハジアそのものが自国の不可分の領土であるという立場から、ロシアによるアイブガ村の編入提案を「二重の領土侵害」であると主張しています。

ロシアの思惑

そもそもの問題は、ロシアがアブハジアを「独立国家」として扱いながら、その領域の一部を自国に編入しようとしたこと。ロシアは2008年の戦争後、南オセチアとアブハジアの独立を承認しながらも、実際には両地域への影響力を強化して支配を進めようとしたのです。結局、ロシアが旧ソ連圏における勢力範囲の維持を図りたいのと、ジョージアがEUへ近づくのを阻止したいという2つの思惑が複雑に絡み合っています。

ただそこに住む村民だけが巻き込まれているように見えます。静かに暮らしたいだけなのにな、と。

ジョージア国内で見られる影響

ウクライナ侵攻との関連

近年では、ウクライナへのロシア軍侵攻がジョージアにも影響を与えているようで。街中にはウクライナ国旗が描かれるなど、人々は強い連帯感を示しています。この背景には「自分たちも領土を占拠されている」という共通点があるのでした。

また多くのロシア人が戦争を避けてジョージアへ移住するケースも増加しており、この動きも両国間の微妙な関係性を象徴していると言えるでしょう。

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