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宝くじ攻略に挑む|80年代末、アイルランドで必勝法を追いかけた男たち

宝くじ攻略に挑む|80年代末、アイルランドで必勝法を追いかけた男たち

a.k.a. 「愚か者に課せられた税金」で知られる宝くじ。「確率がわからないバカが金を出すもの」ということで、実際に交通事故や飛行機事故や雷や隕石で死ぬ確率の方がずっと高いってんだから力が抜けてしまいます。

しかし。年単位の勉強や努力が必要な起業や投資などはそこに至れるだけでラッキーなのであり、不運が積み重なって人生詰んだ人にとって「楽して人生逆転という『夢』を見られる」宝くじは、精神衛生面で一定の効果があるのかもしれません。当選金は非課税だし。

そんな宝くじを「数学で攻略する」と本気で挑んだイカれた男たちがアイルランドにいました。アイルランドでナショナル・ロッタリーが始まった、80年代末から90年代初めにかけての話です。

2025年、Netflixでこの実話を取り上げたドキュメンタリー「Beat The Lotto」が配信され話題になりました。ただし日本では今んとこ観られません。残念。

80年代末アイルランドと宝くじブーム

当時のアイルランド

アイルランドのナショナル・ロッタリーは1986年の法制化を経て1987年にスタート、スクラッチカードやロトくじが全国で販売されるようになりました。

当時アイルランドは失業率も高く、若者の国外流出も問題になるなど景気が厳しい時代でしたが、宝くじは「公共事業と地域を支える資金源」として歓迎され、庶民にとっては数少ない一発逆転のチャンスとして急速に広まっていきます。

その売上はスポーツ、文化、健康、教育などに配分される仕組みが用意され「買えば社会にも貢献できる」というストーリーが打ち出されていました。まさに夢を装った税金です。

数学好きの男が見抜いた「全パターン買い」という発想

この流れの中で登場したのが、数字に強い会計士のステファン・クリンスヴィッツ氏。

1990年代初頭、アイルランド第2の都市コーク(Cork)で暮らしていたクリンスヴィッツ氏は、ロトの仕組みを冷静に分析。「全ての組み合わせを購入すれば、理論上は必ず1等が当たる」という、ある意味で教科書的な結論にたどり着きました。

もちろん普通の人にはそんな資金も時間もありません。しかし彼は「大口の出資者を集めてシンジケート(特定の目的のために結成される団体のこと)を作れば現実的に可能だ」と考えます。

ここで重要だったのが、当時のロトの条件。

  • 組み合わせ総数を約97万通り程度に抑えた形式であったこと
  • ジャックポット(当たり)が170万ポンドと大きく、ロールオーバー(持ち越し)で積み上がっていたこと
  • 4つ的中など、下位等級でも一定額が保証されていたこと

これらを踏まえたうえで必要な投資額と期待される総配当金を計算すると「他に1等当選者がほとんど出なければ、理論上は利益が見込める」という結論になりました。彼はこれを机上の空論で終わらせず、本当にやってしまいます。

シンジケートが挑んだ1992年「ロト総取り作戦」の全貌

全パターンに近づくための人海戦術と、現場の混乱

クリンスヴィッツ氏は出資者と協力者を集めて100人規模のシンジケートを結成、約97万通りの組み合わせをほぼ押さえる計画を立てました。

シンジケートの戦略は超アナログ。アイルランド中のロト売り場にメンバーを散らばらせ、それぞれが大量のチケットを買い続けることで、できるだけ多くの組み合わせを物理的に押さえていく、という方法です。

ネット購入も自動マーク機もない時代に、ほぼ100万通りの番号を塗りつぶしていくわけで、それだけでも気が遠くなる作業。当選したとしても、これを作業工賃と考えると決して「楽して儲ける」という類のものじゃないような。

そして計画が進むにつれ、現場では次のような問題が噴き出していきます。

  • 一度に数万ドル分のくじを買おうとして、売り場のスタッフが驚く
  • 「大量購入している集団がいる」という情報が徐々にロト運営側に伝わる
  • チケットの印刷や取り扱いに時間がかかり、締め切り時間との戦いになる

この中でも象徴的なのが、メンバーの1人が約7万ドル分のチケット購入を試みたケース。この動きが決定打となり、ナショナル・ロッタリー側が「これは普通ではない」と判断して動き出します。

ロト側は特定の店舗での販売を制限したり、端末を停止したりするなど、シンジケートの動きを鈍らせる対策を開始。その結果シンジケートは「全組み合わせの100%を押さえる」ことはできず、およそ80%程度のカバー率にとどまりました。

理論は正しくても、現場では「時間」「人」「機械」「運営側の判断」といった要素が一気に押し寄せ、計算通りには進まなかったというわけです。いわゆるMcNamara fallacy(マクナマラの誤謬)ってやつでしょうか。

結果

1992年5月30日の抽選で、シンジケートは実際にジャックポットの当たり番号を含むチケットを手にしていました。

しかし彼らだけが1等を当てたわけではなく、別のシンジケートと一般の購入者の合計3口が1等となり、170万ポンド超のジャックポットは3ぶんこされてしまいます。

つまり、

1等の配当は約56万ポンド。そこに2等以下の配当も加わるが、ほぼ100万通りを買うために必要な投資額を考えると利益はかなり圧縮される

という現実が待っていました。さらに、多数のメンバーへの配分や税金、運営費などを引いていくと「頭脳と資金を総動員した派手な伝説のわりに手元に残るお金は思ったほどではなかった」というのが結論。

宝くじ攻略は、結局…

数学的にはあり得ても、現実にはハードルだらけ

まずポイントになるのは、全パターン買いが成立する条件。

  • 組み合わせ総数が現実的な範囲に収まっていること
  • ジャックポットが投資額を大きく上回る水準まで積み上がっていること
  • 下位等級の配当も含めたトータルで、期待値がプラスになること
  • 他に1等当選者が出ない、または少ないこと

アイルランドの1992年のケースでは、数字上はこの条件をほぼ満たしていましたが、実際にはロト側の妨害や他の当選者の存在で、最終的な結果は思い切り削られてしまいました。

つまり「紙の上での必勝法」は存在しても、それをそのまま現実世界で再現するのは、ほぼ無理ゲーということです。

特に現代日本のジャンボやロト6、ロト7のように組み合わせ総数が桁違いに大きいゲームでは、全パターン買い自体、物理的・資金的に成立しません。なので、アイルランドの事例は「昔の同国のシステムだからこそ起こり得た特殊なケース」と見る方が自然ですね。

必勝法すらも、夢の話

  • 本気で攻略を目指すと、求められるのは運よりも資金と時間と仲間
  • ルールの穴は、見つかった途端にふさがれる
  • 最後に残るのは、通帳の数字よりも挑戦したという経験やストーリー

物価高で給料だけでは将来が見えにくいかもしれませんが、単純にこの話は「やらない後悔より、やって失敗する方を選んだ人たち」として別の学びに活かしたほうが賢明かもですね。

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