
たとえば昔の人って「タバコを喫(の)む」って言ってましたが、現代で言わなくなったのは「飲む」と誤認されやすいからだと思うんですよね。同様に、米国って名前も米が主食の国っぽいので揚国とか脂国とか甘国の方がイメージしやすくないですか。いかがっすか。
ベネズエラと言えば、首都カラカスは数年前まで世界トップクラスの殺人率で有名な街でした。ただ、個人的にベネズエラの人と食事したことありますが、超いい人で殺意のさの字も感じませんでしたよ。
外国人とちゃんと接したことのない世界線に生きている人はすぐ移民怖いって騒ぎますが、人格に人種なんてまったく関係ありません。環境がすべてです。
さらに余談ですが、2023年にMLB史上初となる40本塁打/70盗塁を達成したアトランタ・ブレーブスのスーパースター、ロナルド・アクーニャJr. はベネズエラの出身。
マドゥロ大統領の出自と権力への道のり
少年時代
ニコラス・マドゥロ・モロスは、1962年11月23日にベネズエラの首都カラカスのエル・バジェ地区という庶民的な地域で生まれました。 典型的な労働者階級の家庭で育ち、生活は決して楽ではなかったようです。
父親のニコラス・マドゥロ・ガルシアは有名な労働組合指導者で、左派政党「人民選挙運動(MEP)」に関わる活動家として知られ、マドゥロはその背中を見て育ちます。
家系と国籍をめぐる議論
父方の祖先はオランダ領アンティル(現在のキュラソーあたり)にルーツを持つとされ、マドゥロ自身も祖父母はセファルディ系ユダヤ人の出で、ベネズエラに渡ってからカトリックに改宗したと語っています。
母親がコロンビア出身であることから、彼が「ベネズエラ人であると同時にコロンビア人でもあるのではないか」という議論が長年続いてきました。
ベネズエラ憲法では「大統領は他国籍を持っていてはならない」とされ、この問題は繰り返し取り上げられてきましたが、公式にはマドゥロは「カラカス生まれのベネズエラ人」と述べています。
学生時代と政治的目覚め
マドゥロはエル・バジェの公立高校に入学しますが、記録によると卒業しておらず、大学にも行っていません。いわゆる高校中退です。
しかし、この高校時代に生徒会活動に参加したことで、社会の不平等への問題意識を強めていきました。 若いころはジョン・レノンのファンであり、反体制的な文化へのあこがれもあったようです。
キューバでの思想教育とバス運転手時代
20代になったマドゥロは、大学に行く代わりに社会主義国キューバで思想教育を学びました。1986年ごろ1年間キューバに滞在し、マルクス主義や革命思想に関するイデオロギー訓練を受けます。
帰国後はバス運転手として働き始め、労働組合が禁止されていたにもかかわらず非公式の組合を作り出し、同僚たちの待遇改善を求めて活動するようになりました。そして現場のリーダーとして徐々に頭角を現していきます。
チャベスとの接点と政界への本格進出
1992年、そのころ軍人だった元大統領のウゴ・チャベスは、当時の政権に対してクーデター未遂を起こし失敗して投獄されました。このときマドゥロはチャベスの釈放を求めて運動を行い、94年にチャベスが恩赦で釈放された後はチャベスの忠実な支持者として歩むことになります。
チャベスが1998年の大統領選に勝利すると、マドゥロは労働運動出身の活動家から、本格的な政治家へと立場を変えていきます。
国会議員から外相へ
チャベス政権下で彼は国会議員として約6年間活動し、国民議会議長に選ばれます。さらにその後、チャベスは対外関係を任せる重要なポストである外相(外務大臣)にマドゥロを抜擢。
その間アメリカに対する批判をし、キューバなど反米的な国々との連携を進め、チャベス路線の外交を支える役割を果たします。
副大統領就任と後継者指名
2010年代初めになるとチャベスは病気で体調を崩し始め、2012年マドゥロを副大統領に任命。これにより、マドゥロはチャベスの後継者として位置づけられ、チャベス支持層の間でも次の指導者候補として見られるようになります。
そして2013年、チャベスががんで亡くなると副大統領だったマドゥロが暫定大統領となり、その後行われた大統領選挙に出馬。接戦のすえマドゥロは勝利し、正式にベネズエラ大統領へと就任しました。
自国ベネズエラ国民の本音は「支持」か「反発」か
貧困層の忠実支持と経済苦境のジレンマ
ハイパーインフレで1ドルが数百ボリバルに跳ね上がり、トイレットペーパーすら手に入らないという状況で、ベネズエラ国民の間でマドゥロ大統領の人気は低迷中。IMFによると2013年から経済規模は72%縮小、700万人が国外へ逃れて国内はゴーストタウン化しました。
それでも軍や貧困層のコア支持者は「アメリカの制裁のせいじゃ」と主張し、彼を擁護します。しかし中間層は失業と飢えに苦しみ、2014年や2017年には大規模デモが発生。反対派は「独裁者」と呼び、国際刑事裁判所への訴えを求めました。
ソーシャルメディアでは今回の拘束支持が過半数を超え「解放の日」と喜ぶ投稿も。マドゥロ大統領の統治は支持者を結束させる一方で、国民の分断を深めました。
国外亡命者たちの声と国内抑圧の実態
国外へ逃れた人々は、我々は経済戦争の犠牲者だとマドゥロ大統領を強く非難します。また国内では人民解放作戦により9000人が死亡、さらに拷問や恣意的拘束も横行。あせったマドゥロ政権は報道を統制し、プレスの自由度が急落しました。
そのため2026年の拘束後は、国内の一部で歓声が上がります。一方、支持層はアメリカの侵略だと抗議。結局、大統領の評価は立場の違いで正反対と言えますね。
アメリカがベネズエラ攻撃に動いた核心的原因
とりあえず麻薬密輸への対抗
トランプ大統領はベネズエラを麻薬、特にフェンタニルの密輸拠点だと見なし、2025年9月から公海上で麻薬運搬船を攻撃。9月2日の最初の攻撃では11人が死亡し、9月15日の2回目では3人が巨大な火の玉に包まれて亡くなりました。
世界最大級の石油資源の確保
大義としては、マドゥロ大統領を反米左派として退陣させることが目的。しかしベネズエラは世界一の石油埋蔵量を持つ国であり、アメリカのエネルギー安全保障に直結します。
なので、軍事専門家は攻撃の規模が麻薬対策にしては異例だと指摘し、石油利権が真の目的だと見ています。1989年のパナマ侵攻のように、麻薬を名目にノリエガ将軍を排除した過去と酷似してるという指摘も。
やり過ぎな大規模軍事展開
アメリカはカリブ海に4000人以上の兵士、トマホーク巡航ミサイル搭載艦艇、プエルトリコにF-35ステルス戦闘機10機を配備し、原子力空母ジェラルド・フォードまで登場しました。
ヘグセス国防長官は「今回の攻撃では終わらない」と、さらなるエスカレーションを示唆しています。
中国・ロシアとの代理戦争
マドゥロ政権は中国やロシアの支援を受けているため、攻撃は単なる二国間対立ではなく、しっかりと国際的な代理戦争っぽい様相。
こっちから見れば社会主義国は確かに不気味に感じますけど、実際には世界のほとんどの戦争や紛争はアメリカが関わっているわけで、そう思うとそんなアメリカの飼い犬である国の国民としては何も言えねっす。
国際法的にはどうなの?
国際法の専門家による厳しい評価
ノートルダム大学で国際法および平和研究を専門とするメアリー・エレン・オコンネル教授は、トランプ大統領によるベネズエラへの軍事攻撃が世界各地で不信感を高め、アメリカが国際的な指導的地位を確立する助けにはならないと指摘しました。
この作戦によって、死者や破壊、さらにベネズエラ国民の間に恐怖をもたらしたにもかかわらず、法的な正当性は一切示されていないと厳しく批判しています。
主権侵害
ブラジルのサン・フランシスコ・ジ・アッシス大学で国際関係学を専門とするブルーノ・リマ・ホッシャ教授は、今回の作戦について「何よりもまず本件は、アメリカによる一国家の主権に対する攻撃である」と明確に述べています。
今回の行動はマドゥロ大統領に対する誘拐であり、世界最大の埋蔵量を持つベネズエラの石油をアメリカが奪おうとしている危険性を警告しました。
国連専門家グループの見解
国連人権理事会によって任命された専門家らは、トランプ大統領が軍事行動を正当化する主張を認識しているとしながらも「たとえそのような主張が立証されたとしても、国際水域で法的な根拠のないまま死をもたらす武力行使は、海洋法および国際海洋法に違反する」と述べました。
アメリカ国内からも批判の声
アメリカ国内でも、特に野党である民主党の議員から批判が相次いでいます。トランプ政権は軍事作戦の法律的な裏付けを明確には示しておらず、ニューヨーク・タイムズは社説で「ベネズエラ攻撃の法的根拠などみじんもない」と厳しく批判しました。
というわけで、主権国家への直接攻撃という手段は、アメリカの内外から法的正当性を欠くものとして問題視されています。



