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さらば青春の光・森田哲矢の高校時代|留年体験と芸人への道のり

さらば青春の光・森田哲矢の高校時代|留年体験と芸人への道のり

1979年の映画「さらば青春の光」の原題は "Quadrophenia"。QuadraphonicとSchizophreniaという2つの単語を合成した造語で、正確に日本語にすると四重人格という意味。「さらば青春の光」というダサいタイトルは日本独自のモノです。

お笑いコンビの「さらば青春の光」という名前は、もちろんこの映画から取られていますが、付けたのはハゲのピン芸人みなみかわさん。なので、2人はThe Whoともモッズカルチャーとも全然関係ないようです。

みなみかわさんが「昨日見た映画が2本あんねん。『さらば青春の光』と『復讐するは我にあり』。どっちがいい?」と提案し、消去法で「さらば青春の光」に決まったとのこと。

なお「復讐するは我にあり」は、昭和38〜39年に実際に起きた、5人を殺害した西口彰事件を元ネタにした日本映画です。こちらも1979年公開。

森田哲矢の学歴|東百舌鳥高校留年

東百舌鳥高校への進学

出身中学は、大阪府堺市立金岡北中学校。中学時代はサッカー部に所属し、部活動に熱中していたものの勉強は苦手だったようです。

その後、同じ堺市にある「大阪府立東百舌鳥(ひがしもず)高等学校」に進学。この高校の偏差値は47で、平均よりちょい下くらいの学力レベルです。相方の東ブクロさんが同志社大学卒なんですが、スキャンダルのせいかイメージが逆なような気がしますな。

ちなみに「勉強しまっせ引越のサカイ」の、サカイ引越センター田島社長も東百舌鳥高校出身でした。

留年のエピソード

高校では部活動には所属せず、いわゆる帰宅部として過ごしていました。そして、2年生のときに留年します。

留年の理由は「出席日数が足りない」ではなく、シンプルに学力不足。当時の担任教師から「出席日数が足りているのに留年させたのは初めて」と言われるほど。出席率は高かったものの、単位取得に必要な成績を満たせなかったようです。

こういうの、大人になってからは最高のエピソードになりますね。

4年かけた高校生活と卒業後

留年後のキャラ変

留年するまでは明るい性格で人気者だったそうですが、留年をきっかけに一匹狼のような存在に。そして1つ下の学年と一緒に過ごすことになった彼は、独自の対処法を編み出します。

それはドストエフスキーの『罪と罰』を1年間読み続けるフリをして、ミステリアスなキャラを演じ続けるということ。クラスメイトから「全然ページが進んでない」と指摘されるも、ひたすら演技を貫いたそうです。

それでも、修学旅行に2回行けたり在学中に彼女ができたりと高校生活をしっかり楽しみ、4年かけて卒業しました。

高校卒業後の進路

高校卒業後は大学には進学せず、かと言って就職もせずにフリーター生活。24歳の時には200万円の借金を作ってしまうなど、苦しく不安な生活をしていたそうです。その後、25歳で松竹芸能のタレント養成所に入所、本格的にお笑い芸人を目指すようになりました。

さらば青春の光、結成まで|東ブクロの熱烈ラブコール

出会いは松竹芸能の養成所

森田さんと東ブクロさんが出会ったのは、松竹芸能の養成所。森田さんは25歳で、半年後に東ブクロさんが同志社大学に通いながら入所します。東ブクロさんは当時、大学の同級生とコンビを組んでいましたが、その相方がやめてしまって新しい相方を探すことに。

なお東ブクロさんの本名は東口(ひがしぐち)さんです。北口さんと西口さんは既視感がありますが、東口さんや南口さんは少ない気がしますね。

東ブクロ、森田への熱烈ラブコール

森田さんも別の人とコンビを組んでいましたが、そのコンビが解散するという噂が流れます。東ブクロさんは、森田さんのネタを高く評価しており「今度組むなら森田しかいない」と思っていました。

そこで、東ブクロさんは森田さんに対し長文メールを送ります。その内容は「僕が森田さんと組めば、森田さんの面白さを何倍にも引き出せます」といったもの。

さらに東ブクロさんは「もし断られたら芸人を辞めます」とまで書き、森田さんの心を動かしました。森田さんは「脅迫やないか」と言いつつも、ちょうどキングオブコントという大会が始まったばかりだったこともあり「一度組んでみよう」と決断します。

その後の歩み

2008年の結成直後から関西の賞レースで結果を出し、2012年にはキングオブコント決勝に進出。その後、事務所を退所して個人事務所「ザ・森東」を設立、東ブクロさんの不倫スキャンダルなどを乗り越えて独自の道を歩み続けています。

事務所の看板は、共演経験のある乃木坂4期生たちが作りました。

モルック日本代表として

モルックとの出会い

森田さんは、フィンランド発祥のスポーツ「モルック」の日本でのブームをけん引する存在でもあります。

彼がモルックを始めたきっかけは、テレビ番組『お願い!ランキング』の企画でサンドウィッチマンの富澤さんから「何か趣味を持ったら?」と勧められたこと。その際、富澤さんが以前体験して面白かったという理由でモルックを紹介したのです。

森田さんは芸人仲間とともに「キングオブモルック」というチームを結成、わずか1時間の練習で東京大会に出場し日本代表の座を獲得しました。

その後、2019年8月にフランスで開催された世界大会にも出場し、個人戦でベスト27に入るなど、素晴らしい成績を残しています。まだ競技人口の少ないマイナースポーツならではの快挙です。

モルック普及活動とアンバサダー就任

すっかりハマった森田さんは、日本モルック協会の公式アンバサダーとしても活動しています。テレビやイベント、YouTubeなどさまざまなメディアでモルックの魅力を発信し、競技人口の拡大に大きく貢献中。

また、モルックをテーマにした冠番組「さらば青春の光のモルックスタジアム!」や「モルブラ!~モルック街ブラバラエティ~」などでも、モルックの楽しさを広めています。

「乃木坂どこへ」の番組内でもやっていたんですが、最初あまり興味なさそうで乗り気じゃなかった乃木坂メンバーが、だんだん真剣になっていく様子が面白かった。

キングオブモルックのメンバーと世界大会

森田さんが率いる「キングオブモルック」は、みなみかわさん、カナイさん、ラブレターズの溜口佑太朗さんといったお笑い芸人たちで構成されています。

2019年の世界大会では、チーム戦で一次予選を突破し、個人戦でも日本最高位となる成績を収めました。2024年には日本の函館で世界大会が開催され、森田さんたちも出場しています。

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