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1995年大阪の一井勝さん集団暴行殺害事件|犯人のその後と遺族の活動

1995年大阪の一井勝さん集団暴行殺害事件|犯人のその後と遺族の活動

いや少年法は必要だとは思いますよ。分別のつかないガキどもの窃盗や取り返しのつくレベルのケンカは、通常なら成人になるにしたがって更生できるはず。でもね、殺人は絶対別にすべきですよね。殺しは一生背負わなきゃですよ。

コンクリ事件の凶悪犯のように再犯したのなら、それはもう法が間違っているし、更生させられないのならシステムは修正すべきだ。

1995年、大阪堺市で起きた一井勝さん集団暴行殺害事件の概要

事件が起きた場所と時期

事件が起きたのは1995年8月末の未明、大阪府堺市の小学校の校庭周辺。夏休みの終わり頃、中学3年生だった勝さんは顔見知りの少年たちから集団による暴行を受けました。

加害者は隣の校区に住む中学生や卒業生の少年4人。報道などによると、彼らは夏休みに浮かれオールナイトで過ごす中、一井勝さんだけ自動販売機のビールを飲むことを断ったことが発端になったとされています。ホントにくだらない。

暴行の内容

直接のきっかけはささいな口論のように見えますが、そこから暴力は一気にエスカレート。「みんなでやれば…」という集団心理ですか。勝さんは小学校の校庭に連れて行かれ、地面に寝かされて顔を蹴られたり、同級生とのけんかを強いられたりしたとされています。

さらに主犯格の輩が校庭にあった角材を持ち出し、他の少年に「これでやれ」と命じて頭部への集中的な殴打が続きました。報道によれば、コンクリート片を投げつけられるなど1時間以上にわたって執拗な暴行が行われ、最終的に勝さんは死亡。

少年4人の逮捕

事件直後、ガキどもは口裏を合わせるなどして、自分たちの関与を隠そうと動いていたとされています。勝さんの持ち物を別々の場所に隠したり、自分たちに付いた血の説明を他人に絡まれたせいだと言い張ったりしたという証言も。

一方、主犯格とされる少年は警察署に出向いてロビーで騒ぐなど、自分が捜査線上にいるかをうかがうような行動も示していました。最終的に事件から数ヶ月後、少年4人は逮捕され、家庭裁判所で審判となります。

犯人のその後|判決と軽すぎる処遇

主犯格に科された刑

この事件でも、4人の少年がそれぞれ少年法の枠組みの中で処遇を受けることに。講演記録などによると、主犯格は家庭裁判所から検察に逆送され、少年刑務所に送致される不定期刑を言い渡されています。

具体的には、3年から5年の範囲という不定期の刑期。成人の殺人事件に比べると超絶な短期間です。さらに、残る3人の少年については少年院送致となり、おおよそ1年前後で社会復帰しています。

傷害致死扱い

警察は捜査段階で殺人事件として動いていたものの、最終的な法律上の評価は傷害致死となりました。要は、殺す意図はなく暴行の結果として死亡に至ったってこと。弁護士の仕業ですね。

しかし遺族にとっては、というか第三者にとっても角材やコンクリート塊を用いた長時間の暴行は行き過ぎた暴力にしか感じられないし、残されたものにとってはさらなる大きな怒りと無力感を生む原因にもなります。

「ここまでやっても、これだけの刑で済んでしまう」という脱力感は、少年事件全般への不信にもつながっています。

加害少年たちは社会に戻ってどうなったのか

加害少年たちが出所後にどのような生活を送っているのかは、ほとんど明らかにされていません。少年事件の特性上、氏名や顔写真、出所後の所在は厳しく秘匿されるため、被害者遺族でさえ加害側のその後を知ることは難しい状況でした。今なら特定班が動きますが。

被害者のお母様である一井彩子さんは「私の大事な子どもを殺したということすら、きちんと理解できていないのではないか」とコメント。

再犯の有無や現在の生活ぶりについても公的には情報が出ておらず「加害者の人権だけが守られ、被害者には何の権利もない」という構図が続いています。

一井勝さんの遺族による訴え|講演活動と被害者支援

一井勝さんの遺族による訴え|講演活動と被害者支援
TBS NEWS DIG - TBSテレビ

一井彩子さんが語り続けてきたこと

事件から年月がたつ中で、一井勝さんの母親である一井彩子さんは各地の講演会や研修会で自らの体験を語り続けています。

警察や行政職員向けの安全サミットや犯罪被害者支援の担当者会議などで「捜査の進み具合や加害少年の処遇について、ほとんど説明を受けられないまま時間だけが過ぎていった」ことを語り、被害者にも知る権利があると訴えてきました。

「被害者には何の権利もない」という叫び

これは単に自分の悲しみをぶつけているのではなく、制度そのものへの問いかけとして多くの行政関係者へぶっ刺さすメッセージとなっています。

少年事件では、加害少年の更生を最優先にし氏名や顔などを守ることが当然とされてきました。しかし、その裏側で被害者や遺族は情報から締め出され、相談窓口も少なく、社会の中で孤独を深めていったという現実があります。

彩子さんは自身の経験を通して「遺族に寄り添う姿勢がどれほど大事か」を繰り返し語っています。やられたもん負けという世の中は絶対におかしいのです。

今になって再び注目されている理由

事件から30年近くが経った今、この事件が特集記事として取り上げられ連載企画の第1話として紹介される動きが出てきました。内容には「頭がでこぼこにへこんでいた」など暴行の具体的な様子が記され、当時の衝撃があらためて伝えられています。

背景には、現在でも似たような少年同士の暴行事件が起きていること、つまり30年以上変わっていないんですね。特に北海道、ひどい。

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