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大木滉斗の経歴と生い立ち:エリートコースから外れた28歳無職男が、凶行を起こすまで

大木滉斗の経歴と生い立ち:エリートコースから外れた28歳無職男が、凶行を起こすまで

2025年1月28日に埼玉県八潮市で発生した大規模な道路陥没事故の主な原因は、老朽化した下水道管の破損と考えられています。

2025年4月からは水道の整備に関する所管が厚生労働省から国土交通省(国交省)に移管され、これによって老朽化対策の改善は国交省が行なっていきます。

国土交通省は、日本の行政機関の一つ。国内の土地の総合的な利用、開発、保全、社会資本の整合的な整備、交通政策の推進、気象業務の発展、海上の安全および治安の確保などを担当しています。

2001年に建設省、運輸省、国土庁、北海道開発庁が統合されて設立されました。

そんな国交省の職員がバラバラに殺害された事件。容疑者として逮捕された大木滉斗(おおきひろと)は、一見普通の家庭で育ち、進学校に通い、国立大学にも進学しました。ただ、こんな経歴は表面的なものでしかなく、気が狂うに至った原因が何かあるはず。

こういうのは、1人の狂人のせいにするんじゃなくて社会の問題として扱うために、ちゃんと詳細を公開して欲しい。

大阪市住之江区での幼少期:祖父母と両親の5人家族

船乗りの祖父とパン屋の祖母

大木滉斗は1996年に大阪市住之江区で生まれ、幼少期から小学校の前半くらいまで同区で過ごしました。家族構成は両親、祖父母と共に5人家族で暮らしており、彼は一人っ子。

  1. 祖父は船乗りとして遠方に行く仕事をしていた
  2. 祖母は自宅でパンと卵を売る商店を営んでいた
  3. 両親と祖父母との5人家族で、兄弟姉妹はいなかった

近隣住民の証言によると大木自身はあまり目立つ存在ではなく、ある住民は「お子さんがいるという話は聞いていましたが、実際には見たことはありません」と語っています。

大木家は祖母が亡くなった約20年前(2005年頃)に住之江区から引っ越したとされており、この時期に合わせて家族は大阪府箕面市へ移住したと考えられています。

両親と祖父母に囲まれた、ごく普通の家庭に見えたようです。しかし、この「普通」という言葉の裏に不穏な影があったのでしょう。しかし、現代において船乗りってあまり聞かないワード。青と白のシマシマの服を着ているイメージ。

箕面市への転居:新たな環境での小学校生活

家庭環境

母親は自宅でピアノ教室を営んでおり、両親の仲は良好だったとされています。文春の報道によると、大木は「ごく普通の家庭」で育ったとされており、ここでは問題は見つかりません。

学校生活

同級生たちの証言によると、特に問題を起こすタイプの生徒ではなかったようです。

性格と活動

小学生時代の大木は目立ちたがり屋だったと母親は語っています。学校行事があるたびに積極的に手を挙げて参加し、応援団長を務めたこともありました。ますますわかりません、どうやって殺人者になったのか。

音楽活動

幼い頃からピアノを習っていたことが分かっています。この音楽的な素養は後の学生生活にも影響を与えています。

でも音楽って情操教育じゃないですか。情操教育って、感情や情緒を育み、創造的で個性的な心の働きを豊かにし、道徳的な意識や価値観を養うことを目的とする教育じゃないですか。どうなってんでしょうか。

大木の小学校時代は、はた目には平凡で問題のない生活だったように見受けられます。しかし、この時期の経験が後の人生にどのような影響を与えたかは、現時点では明確ではありません。

中学時代のいじめ体験と、自殺未遂

学業と課外活動

中学時代の大木について、同級生の証言によると「真面目なタイプで勉強はよくできた」とのこと。また、課外活動にも積極的に参加し、硬式テニス部に所属していました。硬式テニス部にいた人の犯罪率が高いなんて話は、聞いたことがありません。

いじめと自殺未遂

実は、彼の中学時代は深刻ないじめに悩まされていました。母親の証言によると、3年間にわたるいじめに耐えかねて中学3年生の秋に教室で首を吊ろうとする自殺未遂を起こしています。母親は「そこで人生が狂った」と語っています。

性格と行動

大木の母親は、彼を「本当は目立ちたがり屋だ」と表現しています。目立ちたがり屋って承認欲求が強く社交的で自慢が多かったりする。もしかしたら周囲を傷つける言動を取っていて、そこから反撃食らったのかもしれませんね、ただの推測ですが。

イジメの原因なんて、ほとんどが後づけですからわかりません。

大阪府立大手前高校への進学:エリートコースへの第一歩

偏差値70超の進学校での日々

中学時代の苦い経験を乗り越え、大木は偏差値70を超える進学校、大阪府立大手前高校に進学します。エリートコースへの第一歩です。しかし同級生の証言によると「彼は特に勉強を頑張るタイプではなく、学年では下の方の成績だった」とのこと。

さらに所属していた軽音楽部では人間関係のトラブルを起こし、バンドメンバーから「大木とは一緒にやれない」と言われてしまったそう。

エリート校、周りは優秀な生徒ばかり。その中で自分の居場所を見つけられず、孤立感を深めていったのかもしれません。高校時代の経験が、後の引きこもりにつながった可能性も考えられます。

和歌山大学システム工学部への入学:浪人を経て掴んだチャンス

1年間の浪人生活と、大学での吹奏楽団活動

高校卒業後は1年間の浪人生活を送ります。母親の証言によると、受験票忘れや受験番号記入ミスなどがあったとのこと。こういった些細なミスが重なるのも、何か心の問題を抱えていたのかもしれません。

浪人を経て、大木は国立の和歌山大学システム工学部に入学しました。大学では、学内の吹奏楽団に入団。新しい仲間との出会いと音楽で心を癒やし、新たな人生の一歩を踏み出すきっかけになるはずでした。

しかし大学生活の中で、また新たな問題に直面することになります。

突然の母親拒絶と、姫路市での単身生活

大学に進学してしばらくすると、母親の関係に異変が起きます。突然、彼は母親を拒絶するようになったのです。

大学には通わず、内緒で大阪市内に部屋を借りてバイトをしながら生活。母親が居場所を突き止めて訪問しても、恐怖症のように母親を拒絶しました。

3年生の途中からは大学を休学、姫路市内で働き始めます。

この時、母親に送った手紙の内容は「一人になってもそれなりに生きていくだけなら何とかなるということを悟ったので、あなたの元をしばらく離れようと思います。ようやく手に入れた私の平穏をどうかそっとしておいてほしいのです」。

ここから、彼は心をどんどん閉ざしていきました。

事件発生:国交省職員バラバラ殺害事件の衝撃

28歳無職男の凶行と、その背景

そして、2024年12月28日。国交省職員、神岡孝充さんのバラバラ遺体が東大阪市で発見されました。逮捕されたのは同じマンションに済む当時28歳の無職、大木滉斗。

神岡さんは2023年12月27日、フィリピン人の妻との新婚旅行の直前に連絡が途絶え、妻の通報で捜査を開始。大木は防犯カメラのリレー捜査で特定され、遺体遺棄現場でキャリーケースを運ぶ様子が確認されました。

司法解剖の結果、窒息死後に切断されたと推定され、現金やキャッシュカードの奪取が動機とみられますが、詳細な経緯は未解明。大木は生活苦や借金返済のため犯行に及んだ可能性が指摘され、強盗殺人容疑で再逮捕されました。

遺体遺棄現場は車が入れない山道で、頭部は別の場所で発見されました。エリート校出身で国立大学にも進学した彼が、結局なぜこのような凶悪事件を引き起こしてしまったのか。

これまでの生い立ちを振り返ると中学時代のいじめ体験、高校・大学での孤立感、母親との関係悪化など、いくつかの問題が浮かび上がってきます。これらの経験が積み重なり、彼の心を蝕んでいったのでしょう。

素人が憶測で勝手に語るのはアレなんで、専門家の方々、しっかり分析して今後の対処法の確立をお願いします。

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