
サイ・ヤング賞は、日本で言ったら沢村賞。沢村賞は日本プロ野球の黎明期を代表する伝説的な投手「沢村栄治」の名を冠す、その年の最優秀投手に送られる賞なので、一方のサイ・ヤングという投手ももちろん存在します。
日本で言う幕末の1967年生まれで1955年に亡くなっているので、存在しましたという方が正しいですが。
本名はデントン・トゥルー・ヤングで、速球とドロップ(今で言う縦カーブ)を武器に通算511勝という不滅の記録を打ち立てました。スポーツ医学もへったくれも無い時代の記録です。速球がサイクロンのようにうなりを上げたことから「サイ」というニックネームが付けられました。
40歳を超えてからも2年連続で21勝、防御率1点台を記録するなど、45歳で引退するまで衰え知らずの驚異的な活躍を見せました。そりゃ賞の名前にもなります。
★ もくじ
ブレイク・スネルの通算成績
2016-2024
TBR(タンパベイ・レイズ)、SD(サンディエゴ・パドレス)、SF(サンフランシスコ・ジャイアンツ)
年 | チーム | 試合数 | 勝敗 | ERA | 投球回数 | 奪三振 | WHIP |
2016 | TBR | 19 | 6-8 | 3.54 | 89 | 98 | 1.62 |
2017 | TBR | 24 | 5-7 | 4.04 | 129.1 | 119 | 1.33 |
2018 | TBR | 31 | 21-5 | 1.89 | 180.2 | 221 | 0.97 |
2019 | TBR | 23 | 6-8 | 4.29 | 107.0 | 147 | 1.27 |
2020 | TBR | 11 | 4-2 | 3.24 | 50.0 | 63 | 1.20 |
2021 | SD | 27 | 7-6 | 4.20 | 128.2 | 170 | 1.32 |
2022 | SD | 24 | 8-10 | 3.38 | 128 | 171 | 1.2 |
2023 | SD | 32 | 14-9 | 2.25 | 180 | 234 | 1.19 |
2024 | SF | 20 | 5-3 | 3.12 | 104 | 145 | 1.05 |
MLB | - | 211 | 76-58 | 3.19 | 1096.2 | 1368 | 1.22 |
スネルの武器
95マイル超えの速球
スネルの速球は、最高で96.6マイル(約155.4キロ)に達し、平均球速は95.6マイル(約153.8キロ)を記録しています。この驚異的な球速で打者のタイミングを狂わせ、空振りを誘います。
トップクラスの奪三振率
スネルは、現在のメジャーリーグで屈指の高奪三振率を誇っています。2024年シーズン終了時点で、スネルの投球回数9イニングあたりの通算奪三振率は11.23で、これは通算投球回数1000イニング以上の投手の中で歴代1位の数字。
彼はバッターとの対決を重視し、データよりも目の前の打者の反応を観察することを重要視しています。このアプローチにより、打者の強みや弱点を瞬時に読み取り、最適な球種と配球を選択することができるのです。
決して味方の守備を信用していないわけではありません。と思います。
打者を翻弄する投球術
スネルの速球の威力は単に球速だけではありません。コントロールの良さと他の変化球との組み合わせによって、その効果を最大限に引き出しています。
例えばスプリッターは90マイル(約145キロ)を計測しており、さらに鋭いスライダーと組み合わせることでバッターに嫌がらせをしています。
生い立ち
シアトル郊外で育った少年時代
ブレイク・スネルは、1992年12月4日にワシントン州シアトル近郊で生まれました。少年時代の詳細な情報は限られていますが、シアトル近郊のShorewood High Schoolに通っていたことがわかっています。なので、もちろん英語もペラペラです。
高校時代の輝かしい成績
スネルは高校時代から優れた制球力を持つ投手として注目を集めており、2011年のMLBドラフトで1巡目でタンパベイ・レイズから指名されます。
プロ入り後
マイナーリーグでの苦闘
スネルは約5年間をマイナーリーグで過ごします。2011年から2015年にかけ、ルーキーリーグからトリプルAまで各レベルのマイナーリーグを経験。特に2013年のシングルA級での成績は芳しくなく、23試合に登板して4勝9敗、防御率4.27と苦戦を強いられました。
しかし諦めることなく努力を重ね、2014年は24試合に登板して8勝8敗、防御率3.19まで成績を上げます。さらに2015年にはシングルA、ダブルA、トリプルAの3つのレベルを経験し、合計25試合に登板して15勝4敗、防御率1.41を記録しました。
2016年3月にはついにAAA級ダーラム・ブルズに昇格。12試合に登板し3勝5敗、防御率3.29の成績を残しました。
彼は着実に実力をつけていき、2015年にはUSA Today紙のマイナーリーグ投手賞を受賞するなど、その才能を開花させていきます。
メジャーデビュー、レイズ時代の活躍
スネルは2016年4月23日、ニューヨーク・ヤンキースとの試合でメジャーリーグデビュー。23歳だった彼は、ヤンキースタジアムという大舞台で5イニングを投げ、2安打1失点、6奪三振、1四球という好投を見せました。
2018年シーズン、初のサイ・ヤング賞
2018年、26歳だったスネルは31試合に登板。21勝5敗という両リーグ最多勝利数を記録しました。さらに防御率1.89は、リーグトップ。180.2イニングを投げ、221個の奪三振を記録します。
この年はスネルにとってメジャー3年目であり、初めて2桁勝利を挙げた記念すべきシーズン。そしてサイ・ヤング賞の投票でアストロズのジャスティン・バーランダーと接戦を繰り広げ、最終的にスネルが15ポイント差で勝利を収めました。
パドレスへの移籍、2度目のサイ・ヤング賞
2020年のオフシーズン、スネルはタンパベイ・レイズからサンディエゴ・パドレスへ移籍。そして2023年シーズン、パドレスで3年目となるこの年には14勝9敗、防御率2.25という成績を残し、ナショナルリーグ最高の防御率を記録しました。
これが評価され、スネルは2度目となるサイ・ヤング賞を受賞。パドレスの戦力として非常に重要な役割を果たし、チームの競争力向上に大きく貢献しました。
SFジャイアンツ時代
2024年3月18日、スネルはサンフランシスコ・ジャイアンツとオプトアウト条項付き2年総額6200万ドルの契約を結びました。この契約には契約金1700万ドルが含まれ、年俸は2024年が1500万ドル、2025年が3000万ドルという内容でした。
しかしジャイアンツでのスタートは順調とは言えず、新しい環境への適応に苦労しました。特に、フルキャンプへの参加が遅れたことが原因で、リズムを掴むのに時間がかかったとされています。
しかしシーズン後半になって見事復活。8月2日のシンシナティ・レッズ戦で、自身初となるノーヒッターを達成します。後半戦、スネルは5勝0敗、防御率1.45という成績を記録しました。
ドジャースとの大型契約、5年1億8200万ドル
米国での開幕投手、2025年シーズン開始
スネルは2024年11月末、ロサンゼルス・ドジャースと5年総額1億8200万ドル(約274億8200万円)の大型契約を結びました。
この契約では、総額の約36%にあたる6500万ドル(約101億円)が後払いとなっており、これによりドジャースは今後も補強を続けられる余地を残しています。また、スネルは5200万ドル(約78億5200万円)のサインボーナスを受け取ることになっています。
そして2025年シーズン、米国での開幕戦に関してドジャースのデーブ・ロバーツ監督は、3月27日(日本時間28日)のタイガース戦でスネル投手が先発を務めることを明らかにしました。ドジャースタジアムでのホームオープナーです。
この開幕戦ではスネルとデトロイト・タイガースのタリック・スクーバルという、ともにサイ・ヤング賞受賞経験のある投手の対決が実現することになりました。どちらも現在のメジャーでトップ5に入る投手であり、わくわくが止まらんとです。